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実現は近い!?量子センサとは?

 今回解説を行うのは、量子センサの中でも、特にQuemixが力を注いでいるアンサンブル型の磁場計測に関してである。量子センサは、物質中の量子性を活用して環境のセンシングを行う装置である。量子センサには、緻密な制御技術はあまり必要とされず、そのため比較的早い社会実装が期待されている。

 

 量子センサの特長として、以下の点が挙げられる。

  1.  高感度:磁場や温度などを非常に高い感度で測定可能

  2.  室温での動作:他の量子デバイスとは異なり室温で動作し、極低温での冷却が不要

  3.  広いダイナミックレンジ:測定できる信号の最小値から最大値までの幅が広い

 この量子センサの研究が進み、実用化のレベルに達しつつある。まずは、その期待される応用先から説明を行なっていく。

INTRODUCTION

量子センサの期待される応用先

 「脳磁計測 - ブレインテック -」は、量子センサの高感度な磁場計測能力を活かした代表的な応用の一つであり、国家プロジェクト(国プロ)の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-Leap)で研究が進められている。

近年、ブレインテックという言葉を耳にすることが増えてきた。この言葉は、「ブレイン(脳)」と「テクノロジー(技術)」を組み合わせたもので、脳の医療診断から、思考プロセス、さらには非言語的な感情までを読み取り、製品開発やサービスに活用する新しい産業分野に注目が集まっている。

 

 脳内では情報が電気信号として伝達され、この電気信号を捉えることがブレインテックの第一歩である。

この脳内の電気信号を測るために、まさか電極を脳内に入れるわけにはいかない。電流が流れればそこに磁場が発生するが、ブレインテックでは、この脳磁を計測することになる。

脳内の深層からの磁場を測定しようとすると、今現在では、非常に高感度なSQUID(超伝導量子干渉装置)と呼ばれる大型装置が必要とされる。しかし、最近では、SQUIDに代わる高感度磁場センサとして、量子センサが注目されています。SQUIDとは違って量子センサは極低温の冷却が不要であり、脳磁計測における有望なデバイスとして位置づけられている。現時点では、量子センサの感度はまだSQUIDに及ばないが、研究室内の論文ベースでは、脳磁計測の実用化に耐えうる性能値が報告されている。

APPLICATION

脳磁計測 - ブレインテック -
その他の量子センサの応用先

 他に公知になっている範囲では以下の応用が期待されている。

  • 電気自動車搭載電池容量のモニタリング

  • 海洋観測システム

  • 自然現象(海底地震、火山活動)などの調査

  • 不審航行体の監視

  • 半導体デバイス中の異常検知

量子センサが満たすべき3つの要素-ノイズと信号は表裏一体-

 量子センサとして用いるために必要な特徴について考えてみよう。それは最初に述べた、「量子センサとは、物質中の量子性を活用して環境のセンシングを行う装置」という言葉に集約されている。

具体的には量子センサが満たすべき技術要件は以下の3点である。

1.    制御可能かつ測定可能な量子状態を有すること。

2.    測定したい外部環境によって、量子状態が乱されること。

3.    測定したい外部環境以外からの影響(外乱)を除去できるプロトコルが存在すること。

実は上記1.と3.の要件は量子コンピュータにおいてもそのまま適用できる内容である。量子コンピュータでは、制御可能かつ測定可能な量子状態を量子ビット上に実現し、量子ビットに対して演算(計算)を実行し、測定し計算結果を得る装置である。その際に、量子コンピュータでは、周りの環境からの外乱は極力排除されるように設計されている。絶対零度付近まで温度を冷やし、温度揺らぎを極限まで排除する。磁気シールドを配置し、外部磁場の影響が入らないように設計している。そこが量子センサの2つの項目と決定的な違いなのである。量子コンピュータにとっては、環境からの影響は“ノイズ”と呼ばれ、徹底的に排除される。一方で、量子センサにとっての環境からの影響はむしろ“観測の対象”なのであり、積極的に影響を受けるように作成される。しかし、だからと言って観測の対象以外の環境からの影響は量子センサにとっても“ノイズ”であることに違いはない。そういったノイズを低減するための何かしらの処方箋”プロトコル”が存在していないといけない。これは量子コンピュータにとっても同じであり、エラー低減アルゴリズムなどと呼ばれている。このように、量子センサと量子コンピュータは、何を信号と思うか、何をノイズと思うかの違いによって区別される似たもの同士のデバイスなのである。

CONDITIONS

表1. 量子センサ(ダイヤモンドNVセンタ)と他のセンサデバイスとの比較表

量子センサのノイズ低減プロトコル開発

 先ほど、量子センサが満たすべき条件3つを紹介したが、Quemixが力を入れている1つが3.の要件である、「測定したい外部環境以外からの影響(外乱)を除去できるプロトコル」の開発である。Quemixが有する材料計算の知見に基づいたプロトコル開発を行なっている。これまで露わに説明を行なってこなかったが、量子センサにおいて量子状態を維持し続けられる時間をスピンコヒーレンス時間(T2)と呼ぶが、スピンコヒーレンス時間の伸長を実現することにより量子センサの更なる感度向上を実現する研究を行なっている。スピンコヒーレンス時間が長ければ長いほど、量子センサの感度が高くなることが知られており、スピンコヒーレンス時間の伸長に関する研究は世界中で行われているが、未だに実験によるトライアンドエラーに多くは依っている。スピンコヒーレンス時間は、様々な外乱要因からの影響として決まる物理量であり、外乱要因が少なくなればなるほどスピンコヒーレンス時間は長くなる。Quemixが得意とする材料計算技術を駆使することにより、スピンコヒーレンス時間を短くしている要因を特定し、それを除去することによりスピンコヒーレンス時間の伸長と量子センサの高感度化を実現することを進めている。実際に、令和3年度 防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」にて、Quemixは量子センサの海底センシング応用に向けた研究開発をQSTがプライムの下、進めている。そこでは、海中ノイズを念頭に、ノイズ低減技術の開発を行っている。ラボレベルではない、現実のデバイス動作環境時には、その環境特有のノイズ低減技術の併用が有効である。Quemixは、その量子センサのシステム開発に取り組んでいる。

DEVELOPMENT

図1. 海底センシング

もっと優れた量子センサ材料を求めて

 先ほども触れたように、現在のところ、ダイヤモンドNVセンタが他の量子センサ材料を大きく引き離す状態で研究開発が進められている。それは、量子状態の制御性に大きなメリットがあるためである。しかし、量子状態読み出しのための光の波長がもっと長いと長距離伝送に向いている。ダイヤモンドNVセンタと同等の制御性を持ちながら、もっと長波長での量子状態読み出しが可能で、もっと読み出し輝度の高く、スピンコヒーレンス時間の長い、優れた局在スピンが存在すると、量子センサに革新的な発展が期待される。Quemixの1つの特徴である材料計算技術をフルに活用し、ダイヤモンドNVセンタに代わる、より適した新規量子センサ材料の発見と、実証化を進めている。

ADVANCEMENTS

Quemixはどのような量子センサ研究を行っているのか?

ここまで書いてきたように、量子センサは量子技術の中でも比較的早期の実現が期待されている技術になっている。量子技術のいち早い社会実現を掲げるQuemixにとって、量子センサ研究は力を入れている重要な量子技術の1つになっている。また、Quemix代表を務める松下は、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(QST)の量子材料理論プロジェクトのプロジェクトチーフとしても、量子センサ研究開発に関わっている。QSTは量子センサ領域において、引用論文数が世界第二位の研究機関(日本の中では第一位)の、世界的な量子センサの一大研究拠点なのである。ここでは実際に、Quemixとして、量子センサの技術開発にどのように関わっているかを解説する。

COLLABORATION

“欠陥”に最先端量子研究者が注目する訳

 欠陥と聞いてみなさんはどう思うだろうか?通常一般には、“欠陥”はとてもネガティブなニュアンスを持つ言葉であろう。多くの場面において、“欠陥”は“不完全さ”と同じ意味であり、「汚いもの」と言った扱いをされる。これは物質科学において、似たような感覚があり、欠陥のない理想的な結晶(物質)を完全結晶などと呼び、新物質合成などでは可能な限り“欠陥のない”綺麗な結晶の成長・合成を目指す。ところが、残念なことに、この世の中に欠陥の存在しない物質・結晶なんてものは存在しない。どのような物質も多かれ少なかれ、欠陥が存在する。また、厄介なことに、ある種の欠陥はデバイスとして利用された際に、デバイス性能に致命的に影響を与えるものが存在する。ある時はデバイス性能を大きく劣化させ、ある時はデバイスの信頼性を大きく破壊する。場合によっては、欠陥は大事故をも引き起こす、まさに「汚いもの」なのである。なので、デバイス製造の研究者にとっては、どの種の欠陥がどのような悪さをし得るかを正確に把握することが重要な研究対象なのである。

MATERIAL

欠陥 -完全なものを汚す「汚いもの」-
欠陥 -ありふれた物質の中に新奇な機能を生み出す源-

 上では、欠陥の負の側面について触れた。ここから、欠陥のもう1つの側面である、「ありふれた物質に新奇な機能を生み出す源」という点を説明していこう。まずは、ダイヤモンドから説明する。ダイヤモンドは炭素原子からなる絶縁体で、特に5.5eVほどのバンドギャップを持つウルトラワイドギャップ半導体と呼ばれる物質である。ウルトラワイドギャップ半導体としてのポテンシャルの高さや、物質の中で最も硬い物質であるという点は注目度の高い物質であるが、量子デバイスという観点からは、そのままでは特に特筆すべき点もない、いわばツマラナイ物質である。しかし、このダイヤモンドに窒素と炭素の空孔(炭素原子が抜けた穴)がペアとなり隣接した欠陥、これがNVセンタ(窒素(N)と空孔(V)がペアを組んだ欠陥)と呼ばれるものであるが、が形成されると途端にダイヤモンドが量子センサ材料として大きな注目を集めることとなる。

ダイヤモンド中のNVセンタに現れる量子状態の出現

 ダイヤモンドNVセンタには大きな特徴が現れる。それは、NVセンタには、局在スピンと呼ばれる制御可能で測定可能な量子状態が出現することである。NVセンタに現れた局在スピンは、光を充てるだけで局在スピンの方向を揃える(局在スピンの初期化)ことができるという特徴を有しており、局在スピンが制御可能な量子状態であることを示している。その原理に関しては、別の記事で詳細に説明する。そして、この制御性の良さこそがダイヤモンドNVセンタの特徴であろう。現在、高精度に局在スピンの初期化ができるのはダイヤモンドNVセンタが最も進んでいるのである。また、測定可能性に関しては、ODMR(Optically Detected Magnetic Resonance)と呼ばれる光検出磁気共鳴を用いることにより、局在スピンの状態を光で読み出すことが出来る。ダイヤモンドNVセンタは量子センサとして満たすべき条件の1つ目を有していることがわかる。さらに、局在スピンは、いわば小さな磁石のようなものである。局在スピンが外部磁場の環境の下に晒されれば、その磁場の影響を受けて、スピンの方向を変える事となる(もう少し正確に、大学教育ではゼーマン分裂と呼ばれる現象を引き起こす)。このようにして、局在スピンは外部磁場に影響されて、その局在スピンの状態を変化させることになり、量子センサとして満たすべき条件の2つ目を有していることがわかる。磁場なんて測れてどうするの?と思われるかもしれませんが、前の解説記事で書いたように、脳磁計測、車載電池容量のモニタリングと様々な場面で磁場計測は重要な技術となっている。また、ダイヤモンドNVの大きな特徴として、この現象が室温で見ることが出来るという点も強調しておこう。どうだろうか?今、ダイヤモンドの“欠陥”に世界中の研究者が注目している理由をお分かりになっただろうか?

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