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「Quantum ESPRESSO」を愛でる

「Quantum ESPRESSO」とは、イタリアの研究グループによって作られた第一原理電子状態計算を実行するためのプログラムコードの名称である

弊社、株式会社Quemixには計算機シミュレーションを用いた物質科学の研究に人生の大半を捧げた人間が複数名在籍している。そのような者にとって、物質中の電子の振る舞いを量子力学で調べるための第一原理電子状態計算のプログラムコードは、なくてはならないパートナーのようなものである。

そんな計算物質科学の専門家が集まるQuemixの技術ブログ。今回のテーマは

「Quantum ESPRESSOを愛でる」

である。つい数行前に「パートナー」と呼んでいた存在を「愛でる」というのは、はたしていかがなものだろうか。ちょっとキモ過ぎないだろうか。ただ、

今ようやく自分の気持ちに気がついた。アイツは単なる仕事上のパートナーなんかじゃない。もう普通の解説記事を書くだけじゃこの気持ちは収まらない。もういいや、言ってしまおう。ぜひ俺の嫁を解説させて欲しい…

という内容ではないのでどうか安心して頂きたい。

今回テーマとするのは「Quantum ESPRESSO」という第一原理電子状態計算ソフトのネーミングである。単語の並びや、そこに込められたメッセージに思いを馳せ、芸術的あるいは文学的な観点から、そのネーミングセンスを「愛でる」という内容である。超絶理系集団Quemixがお届けする純度100%の文系記事。NHK俳句のようなつもりで読んでいただければ幸いである。

計算物質科学分野のソフトウェア名は、頭字語(acronym)と呼ばれるものになっていることが多い。複数の単語から成る少し長い名称の頭文字を取り、それらを合わせて一つの英単語っぽく読ませる名称である。例えば第一原理電子状態計算ソフトとして最も有名な「VASP」は、Vienna Ab initio Simulation Package の頭字語となっている。そして他の材料計算ソフトもこのパターンの名称を持つものが多い。だが「VASP」のような名称はどちらかといえば正統派で、いうなればNASA(National Aeronautics and Space Administration)のようなものである。

一方「Quantum ESPRESSO」も実は頭字語なのであるが、「Quantum」も「ESPRESSO」もそれぞれ独立した単語なので一見そうは見えない。だがそういう名前のソフトだと受け入れるには「ESPRESSO」の部分が異彩を放ち過ぎている。「ESPRESSO」は物理・化学・工学・数学、どの分野の教科書にも専門用語として出てくるものではない。ゆえに、なぜ第一原理電子状態計算ソフトの名前に入れたのかと聞かれても答えに窮する。何の脈絡もなく入れたとは考えにくいので、そうするとやはり何かもっと長い名称の頭字語になっていると考えるのが自然である。

それでは正解を発表しよう。「Quantum ESPRESSO」は、「Quantum」はそのままで、「ESPRESSO」の部分が

opEn-Source Package for Research in Electronic Structure, Simulation, and Optimization

の頭字語となっている1。注目すべきはやはり「opEn-Source」の部分であろう。初手から「E」を3文字目から持ってくるトリックプレイを軽やかに決めたかと思えば、続けて「E」と「S」の文字を使うためだけに「俺たちはオープンソースで行く」と決めてしまう生半可ではない覚悟を見せつけられる。この時点で、こいつはただの軽業師の類ではなく、一本筋の通った剛の者であるという事が分かる。そして、それに続く一連のコンボが全て「ESPRESSO」を入れるため、いや、淹れるためであると気づいたとき、自分がいかに巨大な相手と対峙していたかを思い知ることになる。明らかにそこには大いなる信念がある。それこそソフトウェア名に「ESPRESSO」を入れる事こそが、戦乱の世から民を救う唯一の道であると言わんばかりの強い信念である。そしてその信念を実現するに足る決断力と覚悟。これらはもはや軽業師や剛の者といったタイプのキャラが持ち合わせるような代物ではない。言うなればそれは「王の資質」と呼ぶべきものであろう。そういう思いで改めて「Quantum ESPRESSO」という名前を眺めていると、見事泰平の世を築き上げたイタリア王が、国一番のコーヒー屋との呼び声高いジャンノッツィをお城に呼び出し、「ジャンノッツィよ、ESPRESSOを淹れてみせよ」と言っている光景が眼に浮かぶようである。

そうまでして淹れたかった「ESPRESSO」。イタリアといえば「PIZZA」や「PASTA」も思い浮かぶが、それらはおそらく我々のような海外の人間から見たイタリアのイメージなのだろう。もし日本で生まれたソフトなら、「SUSHI」や「TENPURA」ではなく、「Quantum HAKUMAI」となっていたはずである。そういう思いで改めてソフトウェアの名前を眺めていると、ディナーの後、優雅にESPRESSOを堪能するイタリア王の隣で、早く自分もESPRESSOを飲みたいと、大急ぎで丼飯をかっ喰らうイタリア王妃の姿が眼に浮かぶようである。

 


さて、最後に改めて、弊社が開発する材料計算プラットフォームQuloudについて。
Quloudでは、「Quantum ESPRESSO」をはじめ、「OpenMX」、「RSDFT」といった第一原理電子状態計算ソフトが利用可能となっている。次回こそは技術ブログらしく、ぜひ俺の嫁たちを紹介させてほしい。

1 P. Giannozzi et al., “Quantum ESPRESSO: a modular and open-source software project for quantum simulations of materials”, arXiv:0906.2569 (2009).

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