
TECHNICAL NOTE
この解説記事のPDFファイルはこちら
LOGIC
末端モデルによるモノマー反応性比とQ-eスキーム
ラジカル共重合を表す最も簡単なモデルは末端モデルであり、このモデルでは生長ラジカルの性質は末端ラジカルを構成するモノマーユニットだけで決まる。2種類のモノマーM1とM2の間の共重合は、末端モデルでは、図1に示すような4つの生長反応で表される。

図1. 末端モデルによる共重合生長反応
ここで、kは各生長反応の速度定数である。モノマーM1とM2のラジカル共重合のモノマー反応性比(r)は、次のように速度定数の比で定義される。

したがって、反応性比の値が大きくなるほど生長末端ラジカルは同種モノマーと反応しやすく、小さくなるほど異種モノマーと反応しやすくなる。モノマー反応性比が既知であれば、あるモノマーの仕込み比で共重合を行った場合に生成する高分子鎖のモノマー組成や連鎖の分布を予測することが出来るため、反応性比の予測は重要である。このような目的のため、Q-eスキームは長く用いられてきた。
AlfreyとPriceは、Q-eスキームの誘導に際して、ラジカル1とモノマー2の間の生長反応の速度定数(k12)の活性化エネルギー項が、次のように分割できると仮定した[1]。

ここで、A12は頻度因子、p1はラジカル1の一般的反応性を表す活性化因子、q2はモノマー2の一般的反応性を表す活性化因子、e1とe2 はそれぞれの電気的因子を表す。彼らは、A12は基本的に一定であると考えて、式(3)を次式のように書き換えた。

ここで、PR(1)はラジカル1の特徴量を、QM(2)はモノマー2の平均的反応性を表し、eR(1)はラジカル1の末端基の電荷に比例する量、eM(2)はモノマー2の2重結合の電荷に比例する量である。モノマーとポリマーラジカルのQ-eパラメータを明確に区別するために、これ以降は添字MとRでモノマーとポリマーラジカルをそれぞれ表し、括弧内の数字でモノマー種を表す。この関係をk11、k21、k22にも適用して反応性比を表せば、定数Pがキャンセルされて次式のようなQ-eスキームが得られる。

ここで、井本[3]のQ-eスキームに関する重要な指摘を紹介しておこう。井本によれば、(4)式はk11やk22などの単独重合の場合には成立しない。この理由は、k11やk22はモノマーの共鳴効果(つまりQ値)の増加に伴って一般に減少するため、k11やk22はQ値に逆比例するはずだからである。井本はさらに次の様に記している。「いずれにしても、Q-eスキームは長い間広範に使用されてきたが、原理的に間違っていることは確かである。それにもかかわらずこのスキームは有用であり広く使用に耐える。今後の深い考察を望みたいと切に考える。」我々の固有スキームの研究は、これに答える試みでもある。
HOW TO
Q-e値の求め方
Q-eスキームを用いてQ-e値を求めるには、一般にYoungの方法が用いられる。Youngの方法では、先ず、反応性比の積r_12 r_21を(5)、(6)式で表してQパラメータを消去する。さらに、e_R=e_Mを仮定すると次式が得られる。

ここで、基準モノマーとしてモノマー1にスチレン(S)を用いると、目的モノマー2のe値は次式で表せる。

Q値は、求めたe_(M(2))を (5) 式を変形した次式に代入することで求めることができる。

基準スチレンのQ-e値には、Alfrey-Priceに従って、Q_S=1.0、e_S=-0.8が採用される。これまでに数多くのモノマーのQ-e値がYoungの方法で求められており、Polymer Handbook第2版[4]にまとめられている。Youngの方法で問題とされるのは、ポリマーラジカルとモノマーのe値が等しく置く仮定(e_R=e_M)と(8)式に含まれる±の符号選択の任意性である。実際には、通常のモノマーには正符号を採用し、スチレンより化学的にドナー性と考えられるモノマーには負符号が採用される。また、r_12 r_21>1やr_12 r_21=0の場合にはe 値の表式中の平方根が虚数になるため、適当に値を修正するという任意性も存在する。
Greenleyの方法は、これらの任意性を避ける試みである。この方法では、比較的反応性比の実験値の分布が狭い6つの主要モノマー(アクリル酸、アクリロニトリル、ブタジエン、 アクリル酸メチル、メタクリロニトリル、メタクリル酸メチル)を基準モノマーとして追加する。Q-e値を求めるには、(3)式を変形した次式が用いられる。

Youngの方法で求めた各基準モノマー1のQ-e値を用いて、左辺の[□ln ln (Q_(M(1))/r_12 ) -e_(M(1))^2 ]をe_(M(1))に対してプロットして、傾きと切片からモノマー2のe_(M(2))と□ln ln Q_(M(2)) がそれぞれ求められる。このようにすれば基準モノマー以外のQ-e値については任意性無く求めることが出来る。GreenleyによるモノマーのQ-e値がPolymer Handbook第4版[5]にまとめられている。なお、Gleenleyの手法は、反応性比の(3)式のみを用いており、(4)式の寄与が反映されていないという指摘がある [6]。
Q-eスキームを用いれば、反応性比をただ2つのパラメータで表せるため簡便である。また、これまで の実験や量子化学計算による研究から、Q値は一般的反応性(共鳴効果)を、e値は極性効果を表すことが認識されているため、Q-e値はラジカル重合だけでなく、モノマーのカチオン重合性やアニオン重合性の判断にも役に立つ。しかし、先に述べたようなQ-e値を求める際の任意性の問題は本質的に残されている。
DERIVATION 1
一般化Q-eスキーム(generalized Q-e scheme)の導出
我々の目的はe 値を求める際の任意性を除くことであり、そのためにQ-eスキームに2つの基準モノマーを用いたスキームの構築を考えた。しかし、試行錯誤を重ねた結果、Q-eスキームをそのまま用いるのではなく、Q-eスキームを修正してラジカルのQ値を反応性比の表式に含める必要があるという認識に至った。修正したQ-eスキームの導出に際しては、Q-eスキームのように速度定数の活性化項が各寄与に分割するのではなく、反応性比r_12に対応する活性化自由エネルギー差を各寄与に分割することを考えた。以下に導出を示す。
遷移状態理論に基づけば、反応性比は次のように表せる。

ここで、∆G_(R(1)M(1))^‡と∆G_(R(1)M(2))^‡はそれぞれk_11とk_12の活性化自由エネルギーを表す。次式のように、RT単位の自由エネルギー差がラジカル固有の値(q_(R(1)))、モノマー固有の値(q_(M(2)))、ラジカル1とモノマー1、ラジカル1とモノマー2の交差項(それぞれ、e_(R(1)M(1))とe_(R(1)M(2)))で分割できると考える。

ここで、次のパラメータを導入する。

さらに、交差項が次のようにe値の積で近似できると仮定する。

これらから、次式が得られる。

r_21についても同様にして、次式が得られる。

これらには、ラジカルのQ値が含まれるのがAlfrey-PriceのオリジナルQ-eスキームとは異なる点であり、一般化Q-eスキームと呼ぶことにする。なお、(16)式と(17)式において、Q_(R(1))=Q_(M(1))とQ_(R(2))=Q_(M(2))の場合に、一般化Q-eスキームはオリジナル Q-eスキームと一致する。したがって、Alfrey-PriceのQ-eスキームは一般化Q-eスキームに内包されると言えよう。このように速度定数の比(つまり、活性化自由エネルギー差)が各項の寄与に分割表現できるのであれば、Q-eスキームについて指摘されているように、ラジカル共重合反応はHammett則などと同様に線形自由エネルギー関係[7]に従うことが考えられる。
PREDICTION
固有Q-eスキームによるモノマー反応性比の予測精度
この項では、固有Q-eスキームによる反応性比の予測例をいくつか紹介しよう。Alfrey-PriceのQ-eスキームによる予測が比較的良い一般的なモノマーの組み合わせの例を表1に、Q-eスキームでは予測が難しい特殊なモノマーの組み合わせの例を表2に示した。表1に示したモノマー対の反応性比では、オリジナルQ-eスキームによる予測値は実験値をよく再現している。固有Q-eスキームも同様であるが、実験値との誤差はオリジナルQ-eスキームよりも小さい。一方で、表2に示したモノマー対では、オリジナルQ-eスキームの予測値は実験値との 誤差が大きく劣っているのに対して、固有Q-eスキームの予測値は実験値に良く対応しており誤差が小さい。このように、固有Q-eスキームは、オリジナルQ-eスキームよりもモノマー反応性比の予測精度が高い。

表1.一般的モノマー対の反応性比のQ-eスキームと固有Q-eスキームによる予測値
表2.特殊なモノマー対の反応性比のQ-eスキームと固有Q-eスキームによる予測値

DERIVATION 2