【プレスリリース】シリコンに注入した水素が自由電子を生成するメカニズムを世界で初めて解明
- 田中拓哉
- 3 時間前
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シリコンパワー半導体の電子濃度制御を高度化し、電力損失低減に貢献
2026年1月14日
三菱電機株式会社
国立大学法人東京科学大学
国立大学法人筑波大学
株式会社Quemix

シリコンに注入した水素が自由電子を生成するメカニズム
三菱電機株式会社(以下、三菱電機)、国立大学法人東京科学大学(以下、Science Tokyo)、国立大学法人筑波大学(以下、筑波大学)、株式会社Quemix(キューミックス、以下、Quemix)の4者は、シリコンに注入した水素が特定の欠陥※1と結合することで自由電子※2を生成するメカニズムを世界で初めて※3解明しました。本メカニズムの解明により、IGBT※4(Insulated Gate Bipolar Transistor)の電子濃度制御を高度化し、構造設計や製造方法を最適化することが可能となるため、電力損失の低減に貢献できます。また、将来的には、UWBG※5(Ultra Wide Band Gap)材料を用いたデバイスへの展開が期待できます。
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、パワーエレクトロニクス機器の高効率化や省エネルギー化が世界中で活発に進められています。中でもIGBTはそれらの機器を動作させるために不可欠な電力変換を担うキーデバイスであり、その変換効率の向上が課題となっています。IGBTでは、水素イオンをシリコンに注入して電子濃度を制御する技術が実用化されていますが、この現象は約半世紀前に発見されたにもかかわらず、その原理は長らく解明されていませんでした。
三菱電機と筑波大学は、2023年に共同で、シリコン中の電子濃度の増加に寄与している複合欠陥※6を発見し、それが格子間シリコン対と水素の結合により形成されることを明らかにしましたが、その過程で自由電子が新たに生成する理由は不明でした※7。4者は今回、この複合欠陥に着目し、第一原理計算※8などを行い、複合欠陥中で水素がどのように存在するかを明らかにしました。また、この複合欠陥から自由電子が生成していることを裏付ける理論として、水素が電子を放出する理由や、電子がシリコン中で自由電子となるメカニズムも解明しました。さらに、本理論の拡張により、将来のパワー半導体用材料として期待されていながら、電子濃度制御が非常に困難なダイヤモンドに当該メカニズムを適用できる可能性を示しました。
なお、本成果の詳細は、ネイチャー(Nature)出版社が運営する学術誌のCommunications Materials誌(2026年1月13日(ロンドン時間)にオンライン公開)で発表しました。
※1 電子の移動や再結合に影響を与える構造的な不完全さ
※2 シリコン結晶中で自由に動き回ることのできる電子。添加する不純物量によって制御される
※3 2026年1月14日現在。三菱電機調べ
※4 絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ
※5 従来のSiやSiCよりも大きなバンドギャップを持つ半導体。ダイヤモンドや窒化アルミニウムなど
※6 真性欠陥と外因性欠陥の複合体(今回の検討で着目した複合欠陥は、真性欠陥である格子間シリコン対と外因性欠陥である水素で構成)。パワー半導体では人為的に複合欠陥を作って性能を制御している
※7 “How does hydrogen transform into shallow donors in silicon?”, Phys. Rev. B 108, 235201 (2023)
※8 実験データに頼らずに量子力学の法則に基づいて物質の性質を予測する計算手法
シリコン中に水素を注入する事で形成される複合欠陥が自由電子を生成するメカニズムを解明 ・シリコン中に形成された特定の欠陥(格子間シリコン対)と水素の結合により複合欠陥が形成される際に、水素の電子が複合欠陥に移動することで、移動した電子が電気伝導に寄与する自由電子として利用されることを、第一原理計算により解明
・メカニズムが機能するために必要な結晶構造や電子状態の条件も解明
シリコンIGBTとダイオードにおいて電力損失20%低減を技術的に実証 ・メカニズム解明過程で得られた知見を一部適用したシリコンIGBTとダイオードに対して、水素を用いた伝子濃度制御技術によりスイッチングを安定させることで、シリコン基板の厚さを従来よりも薄くすることが可能になり、1,200Vクラスでは当社製第7世代と比べてダイオードで電力損失を20%低減できることを技術的に実証
UWBG材料への適用可能性を理論的に提示 ・従来の不純物添加による電子濃度制御が困難なダイヤモンドにおいても、水素による自由電子生成が発現する可能性を理論的に提示
今回解明したメカニズムをダイヤモンドなどの電子濃度制御が困難なUWBG材料へ適用し、パワー半導体をはじめ高周波デバイスや量子センサーなどに活用することで、カーボンニュートラル社会の実現に資する半導体デバイスの開発を目指します。
組織名称 | 担当内容 |
三菱電機 | 1. 電気測定・光学測定による評価 2. 電子濃度の増加に寄与している欠陥の同定 3. メカニズムのモデル構築 |
Science Tokyo | 1. 密度汎関数理論※9に基づく第一原理計算 2. 水素と欠陥の相互作用の解明 3. メカニズムのモデル構築 |
筑波大学 | 1. 電子スピン共鳴法による評価 2. 電子濃度の増加に寄与している欠陥の同定 3. メカニズムのモデル構築 |
Quemix | 1. 密度汎関数理論に基づく第一原理計算 2. 水素と欠陥の相互作用の解明 3. メカニズムのモデル構築 |
本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:21H04553、20H00340、22H01517)および科学技術振興機構(JST)「持続可能な量子AIイノベーション拠点」(課題番号:JPMJPF2221)の助成を受けて実施しました。
※9 量子力学に基づき、電子密度を主要な変数として物質のエネルギーや性質を記述・予測する理論
シリコン中に水素を注入する事で形成される複合欠陥が自由電子を生成するメカニズムを解明 シリコン中に水素をイオン注入すると、水素が存在する箇所に自由電子が生成されることが約半世紀前から報告されており、近年では、IGBTなどのパワーデバイスの内部に自由電子を含んだn型層を形成するための製造方法として利用されています。しかしながら、シリコン中の水素は単独では自由電子を放出しないことも報告されており※10、この自由電子の生成メカニズムは長らく不明でした。
そこで、自由電子の生成には、水素と結晶欠陥が関与しているという仮説を立て、三菱電機と筑波大学の共同研究で電気測定・光学測定および電子スピン共鳴法※11などの評価技術を用いて調べた結果、I4欠陥(シリコンの結晶構造の内部に余分なシリコンが入った結晶構造の乱れ)が自由電子生成に関与していることを2023年につきとめました。今回、自由電子の生成に関する水素の役割を明確にするために、Science TokyoとQuemixが持つ第一原理計算技術を用いて、I4欠陥のさまざまな位置に水素を配置した際の構造安定性や電子状態を調べました。
欠陥のないシリコンでは、水素は自由電子の生成に寄与しない電子状態※12を作ります。一方、I4欠陥が水素の近くに存在すると、水素は欠陥を形成するシリコン原子の間のボンド※13間に入ることが可能となり、この際にI4欠陥の電子状態が自由電子の放出に適した状態に変化することが分かりました。 さらに、計算結果をもとに分子軌道法※14に基づく考察を深め、水素の持つ電子がI4欠陥に移動し、I4欠陥から電子が放出されることで自由電子として機能するという欠陥と水素の相乗効果が、自由電子生成に寄与することを解明しました。

欠陥を介して水素から自由電子が取り出される原理のイメージ図
シリコンIGBTとダイオードにおいて電力損失20%低減を技術的に実証 三菱電機では、水素イオン注入によるn型層形成とシリコン基板の厚さを従来よりも薄くすることにより、シリコンIGBTとダイオードの電力損失を低減してきました。例えば、1,200Vクラスでは当社製第7世代と比べてIGBTで10%、ダイオードで20%のトータル損失の低減を技術的に実証しました。今回のメカニズム解明に至るまでに得られた基礎的な知見は、この電力損失の低減に貢献しています。
UWBG材料への適用可能性を理論的に提示 ダイヤモンドや窒化アルミニウムは、将来のパワー半導体や量子センサーを製造する半導体材料として期待されているものの、電子濃度制御が非常に困難であることが知られており、社会実装の妨げになっていました。今回、シリコンでの探索で得られた水素が関与する新しい自由電子生成方法が、これらUWBG材料に対して機能する可能性の有無について、第一原理計算を用いた初期検討を行いました。その結果、シリコンと同様の結晶構造、共有結合性を有するダイヤモンドにおいては、構成原子である炭素の原子の隙間よりも、炭素原子間のボンド間に水素を取り込んだ方が、エネルギーが低い安定な構造が発生し、ペアとなる欠陥が存在すれば、当該メカニズムが機能する可能性があることを明らかにしました。

ダイヤモンド内部の水素の配置
※10 水素はシリコン原子間のボンド間もしくは原子の隙間入りこむが、その時の水素の電子状態は自由電子を放出させるのに適さないため、水素原子だけでは直接、自由電子を放出させることができない
※11 磁場中の不対電子を検出する分光法
※12 電子状態のエネルギーが重要になる。熱エネルギーがこのエネルギーよりも大きいと、電子が熱励起されて、自由電子として利用できる
※13 結晶中のボンド(結合)は原子や分子が結晶構造を形成するための力であり、結晶の物理的特性(硬さ、導電性、融点など)に影響を与える
※14 分子内の電子の配置やエネルギー状態を理解するための理論
題名 | Advancing N-type doping in semiconductors through hydrogen-defect interactions |
著者 | 清井 明、西谷 侑将、松下 雄一郎、梅田 享英 |
掲載誌 | Communications Materials誌 |
掲載日 | 2026年1月13日10:00(ロンドン時間) |
DOI | 10.1038/s43246-025-00955-4 |
私たち三菱電機グループは、たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します。社会・環境を豊かにしながら事業を発展させる「トレード・オン」の活動を加速させ、サステナビリティを実現します。また、デジタル基盤「Serendie®」を活用し、お客様から得られたデータをデジタル空間に集約・分析するとともに、グループ内が強くつながり知恵を出し合うことで、新たな価値を生み出し社会課題の解決に貢献する「循環型 デジタル・エンジニアリング」を推進しています。1921年の創業以来、100年を超える歴史を有し、社会システム、エネルギーシステム、防衛・宇宙システム、FAシステム、自動車機器、ビルシステム、空調・家電、デジタルイノベーション、半導体・デバイスといった事業を展開しています。世界に200以上のグループ会社と約15万人の従業員を擁し、2024年度の連結売上高は5 兆5,217 億円でした。詳細は、www.MitsubishiElectric.co.jpをご覧ください。
Science Tokyoは、東京医科歯科大学と東京工業大学が統合して2024年10月に誕生した国立大学です。「『科学の進歩』と『人々の幸せ』とを探求し、社会とともに新たな価値を創造する」をMissionに掲げ、両大学のこれまでの伝統と先進性を生かしながら、どの大学もなしえなかった新しい大学の在り方を創出していきます。
筑波大学は、東京教育大学の移転を契機に、そのよき伝統と特色を生かしながらも、大学に対する内外からのいろいろな要請にこたえるため、わが国ではじめて抜本的な大学改革を行い、1973年(昭和48年)10月に「開かれた大学」「教育と研究の新しい仕組み」「新しい大学自治」を特色とした総合大学として発足しました。本学は大学改革の先導的役割を果たしつつ、教育研究の高度化、大学の個性化、大学運営の活性化など、活力に富み、国際競争力のある大学づくりを推進しています。
Quemixは、株式会社テラスカイ(本社:東京都中央区、代表取締役:佐藤 秀哉)の連結子会社で、量子コンピュータ、量子センサー、材料計算関連の研究開発を行っています。「量子技術で人類が夢見た未来を実現する」というビジョン実現のため量子技術で時代をリードする企業のブレークスルーを支援していくことをミッションに、2019年の会社設立時より誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)向けのアルゴリズムにフォーカスした研究開発をしており、量子化学計算アルゴリズムとして数学的に量子加速が証明された「確率的虚時間発展法(ProbabilisticImaginary-Time Evolution、PITE®)」を開発・特許取得しております。日本におけるFTQCアルゴリズム研究分野をリードするQuemixでは2028年を目標に材料計算・シミュレーション領域における量子コンピュータ実用化に向けて鋭意研究開発を進めております。
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