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【プレスリリース】材料開発・創薬を支える分子動力学計算を量子コンピュータ計算基盤へ拡張

  • 2 時間前
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〜Quemixは、分布関数を直接時間発展させる新しい計算形式と温度制御(NVT)量子回路をデンソーと共同開発し、量子化学計算との統合に関する概念実証に成功〜


2026年6月1日




 




量子コンピュータのアルゴリズム・ソフトウェアの研究開発を行う株式会社Quemix(本社:東京都中央区、代表取締役:松下 雄一郎、以下「Quemix」)は、株式会社デンソー(本社:愛知県刈谷市、代表取締役社長:林 新之助、以下「デンソー」)との共同研究の成果として、量子コンピュータ上で分子動力学(MD)シミュレーション※1を実行するための基盤技術を開発しました。 MDは、材料開発や創薬など、原子スケールの挙動が製品性能を左右する広範な産業領域において不可欠な計算技術です。従来のMDでは、実環境に近い時間発展や座標空間スケールにおける精度に限界があることが知られています。両社は今回、量子コンピュータを用いたMD計算において、量子と古典コンピュータを組み合わせた「量子–古典ハイブリッドMD・フレームワーク」を創案し、低負荷かつ高精度での化学状態予測に成功しました。本手法は、次世代電池材料、高分子材料、触媒、創薬といった、原子レベルの精密な解析や機能性の予測が求められる分野における、発展的な量子コンピュータ活用の道筋を示すものです。今後、本技術の改良と応用展開を推進し、誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)時代を見据えた産業応用の可能性を切り拓いてまいります。

 

 

今回、両社は共同研究を通じて、原子の位置や運動量の広がりを表す分布関数※2を量子状態として保持し時間発展させる、新しい形式へとMDを再定式化することに成功しました。従来のMDでは、分布関数を構築するために多数の原子の運動を長時間にわたって追跡し、得られた軌道の集合体を用いて物理量を計算する必要がありました。今回開発した新手法では、軌道の集合体を示す分布関数そのものを量子状態として直接表現・操作できるため、拡散係数などの物性値をより直接的かつ効率的に計算できます。また、実環境を再現するために不可欠な温度一定(NVT)条件を量子回路上で実現する方法を提示するとともに、拡散係数や振動数状態密度といった物性値を量子状態から効率的に読み出すプロトコルを構築しました。構築した量子―古典ハイブリッドMD・フレームワークを水素分子(H2)の化学状態計算へ適応し、量子コンピュータ上で実行可能であることを示しました。



図1:分子動力学シミュレーションの粒子法とKvN法の違いを表すイメージ図



分子動力学が抱えてきた課題

分子動力学シミュレーション(MD)は、原子・分子の運動をニュートンの運動方程式に基づいて逐次追跡し、ナノスケールの現象と私たちの生活スケールでの物性——材料の強度、熱伝導、ガス透過性など——へ結びつける、ものづくりの基盤技術です。電池の長寿命化、高分子材料やソフトマテリアルの機能設計、創薬におけるタンパク質と薬剤の結合予測、さらには化学プロセスの最適化に至るまで、MDは産業界の研究開発において広く活用されている重要な手法の一つです。一方で、従来のMDには計算負荷の大きさという課題があります。多数の原子からなる系の運動を長時間にわたって追跡し、その軌道上で時間平均や時間相関関数を評価することで拡散係数や輸送係数といったマクロな物性値が得られます。そのため、高い精度を目指すほど、必要な計算時間やサイズは増大する傾向にあります。

量子コンピュータの活用可能性については従来から議論されてきましたが、実用的な枠組みを構築する上ではいくつかの技術的課題が指摘されてきました。具体的には、古典的な分布関数を量子状態として表現すること、温度や熱浴の取り扱い、そして物理量の効率的な読み出しといった点です。これらの課題は、量子コンピュータを用いた分子動力学計算の実用化に向けた主要課題です。


新技術の概要:分布関数を「直接」時間発展させる

両社は、MDをKoopman–von Neumann(KvN)形式※3と呼ばれる枠組みで再定式化することにより、これらの課題に対するアプローチを示しました。KvN形式は、古典的な粒子の運動を量子力学と同様の波動関数の時間発展として記述する数理的手法であり、模式的には次式で表されます。


このとき、|ψ|²は分布関数に対応します。従来のMDでは、長時間の軌道追跡と統計平均を通じて間接的に評価していた分布関数を、本手法では量子状態として直接保持・操作することが可能になります。これにより、量子コンピュータの特性を活かした新たな計算手法の基盤を提供します。この技術基盤を基に両社は次の技術を開発しました。

  1. 温度制御(Nosé–Hoover NVT)MDの量子回路化:MDで広く使われている決定論的熱浴であるNosé–Hoover NVT※4を、量子回路で扱える波動関数表現として再構成し、回路構成の具体的な手順までを示しました。これにより、「現実的な条件」での計算を量子コンピュータ上で扱う道が開かれます。

  2. 確率論的熱浴(Langevin NVT)への展開:摩擦と揺動を含むLangevin型熱浴についても、Quemixが開発・特許取得している確率的虚時間発展法(PITE®)※5を適用することで、量子回路上で実装可能であることを示しました。決定論的・確率論的の両方の熱浴を同じ枠組みで扱える点は、応用の自由度を大きく広げます。

  3. 物性値の効率的読み出し:時間発展された分布関数から物質の性質を特徴づける拡散係数※6および振動数状態密度(VDOS)※7を抽出する手法を構築しました。量子状態の測定には依然として一定の試行回数が必要ですが、量子位相推定(QPE)※8と量子振幅推定(QAE)※9を用途に応じて用いることで、量子状態からこれらの物性を効率的に計算できます。

このように量子コンピュータ上でのMD計算を、定式化から温度制御、結果の読み出しに至るまでを一貫した量子計算スキームとして確立しました。


 

化学状態予測を対象にした量子–古典ハイブリッドMD・フレームワークのPoC完了

両社は、今回開発した量子-古典ハイブリッドMD・フレームワークを同一の量子回路上で接続し、高温環境下で水素分子(H2)が二つの水素原子(2H)に解離する化学状態予測の計算を行いました。化学状態予測のような課題に対して従来のMDでは、第一原理計算と呼ばれる電子状態を計算する手法とMDが組み合わされた高負荷な計算フレームワークを用いる必要があります。図2に示すように、得られた結果から、開発したフレームワークにより低負荷の計算ステップで高精度な化学状態予測が可能なことが示されました。

本成果は、簡素な化学状態予測を対象とした概念実証であるものの、化学状態予測を量子コンピュータ上で実行可能とするための最小限のフレームワークを示すものです。開発したフレームワークをより複雑な系へ応用する点においては、取り扱いできる量子ビットの増大に伴って解決されることが期待できるため、本成果は、FTQC時代を見据えた量子コンピュータ活用の道筋を示すものです。


図2:従来法と新手法(KvN)の比較。T=5000 KにおけるH2→H+H解離のレアイベントサンプリング。

(左)従来手法:平衡結合長から熱速度で出発した1,000,000軌道から再構成した分布関数

(右)新手法:KvN形式により分布関数自体を量子状態として表現した場合の分布関数



なお、本共同研究の成果は、2026年6月4日〜5日に開催される量子コンピュータのビジネスイベント「Q2B 2026 Tokyo」にて、Quemixおよびデンソーの研究者が発表する予定です。



用語解説

※1 分子動力学(MD)シミュレーション:原子・分子をニュートンの運動方程式に従う粒子として扱い、その時間発展を計算機上で追跡することで物質の性質を予測する手法。材料・化学・生命科学の標準的な計算技術。

※2 分布関数:系を構成する粒子の位置や運動量がどのように散らばっているかを表す関数。マクロな物性量は分布関数を用いて計算できる。

※3 Koopman–von Neumann(KvN)形式:古典力学を量子力学と同じ波動関数の時間発展方程式の形で記述する数理的枠組み。古典系を量子コンピュータに自然に載せるための橋渡しとなる。

※4 Nosé–Hoover NVT:MDにおいて系の温度を一定に保つために最も広く用いられている決定論的な熱浴アルゴリズム。

※5 確率的虚時間発展法(PITE®):Quemixが開発・特許取得している、量子コンピュータ上で基底状態計算や非ユニタリ操作を実行するためのアルゴリズム。

※6 拡散係数:物質中で粒子がどれだけ移動しやすいかを表す物性量。電池の充放電特性など製品性能を直接左右する基本指標。

※7 振動数状態密度(VDOS:Vibrational Density of States):物質中の原子振動が、どの周波数にどれだけ存在するかを表す関数。比熱、熱伝導率、熱輸送特性といった物性を計算するための基礎データであり、固体物理・材料工学において広く用いられる。

※8 量子位相推定(QPE):エネルギー固有値などの情報を、量子回路によって取り出すための基本アルゴリズム。

※9 量子振幅推定:量子状態に含まれる確率振幅を、古典的なサンプリングよりも少ない試行回数で推定できる量子アルゴリズム。


株式会社Quemixについて

Quemixは、株式会社テラスカイ(本社:東京都中央区、代表取締役:佐藤 秀哉)の連結子会社で、量子コンピュータ、量子センサ、材料計算関連の研究開発を行っています。「量子技術で人類が夢見た未来を実現する」というビジョン実現のため量子技術で時代をリードする企業のブレークスルーを支援していくことをミッションに、2019年の会社設立時より誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)向けのアルゴリズムにフォーカスした研究開発をしており、量子化学計算アルゴリズムとして数学的に量子加速が証明された「確率的虚時間発展法(Probabilistic Imaginary-Time Evolution、PITE®)」を開発・特許取得しております。日本におけるFTQCアルゴリズム研究分野をリードするQuemixでは2030年を目標に材料計算・シミュレーション領域における量子コンピュータ実用化に向けて鋭意研究開発を進めております。

 

お問い合わせ先 

株式会社Quemix https://www.quemix.com/contact


 


 
 
 

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